皆さん、こんにちは。2019年は、フェイスブックによるLibraや世界銀行によるブロックチェーン債権の発行など、世界的な大企業がブロックチェーン関連のプロジェクトを立ち上げたというニュースの数々が話題となった年でもありました。
でも、皆さんはこんな事を思った事はありませんか?
「結局ブロックチェーンって人々の生活を変えてなくない?」
「ブロックチェーンのアプリとか一個も使ってないけど、、、」
ちょっと前までは、「ブロックチェーンはインターネット以来の大発明!」、「Blockchain is eating the world!」みたいな大げさな文言が飛び交っていた割には、いまだに人々の生活に浸透していないブロックチェーン。
はたしてブロックチェーンはこのまま鳴かず飛ばずのまま、一時の流行りとして終わってしまうのでしょうか。
そこで今回は、株式会社ToyCash代表で、ブロックチェーンエンジニアとして活躍する日置玲於奈氏に、ブロックチェーンの社会実装の進捗について、開発者の立場から語って頂くと共に、2020年のブロックチェーン業界の展望や、ブロックチェーンの課題についてお話して頂きました。
【日置玲於奈】
セキュリティエンジニア、ToyCash代表。ウェブの進化に興味を持ち続け分散プロトコルの開発に着手。DEXの開発やNFTに関する発明を複数行う。Twitter では極度妄想(しなさい)のアカウントで活動。
ブロックチェーンの可能性
‐日置さんはTwitterで極度妄想(しなさい)で活動されていますが、はじめに経歴とブロックチェーン業界に興味を持ったキッカケについて教えてください。
私は、元々、サーバーサイドのエンジニアとしてクラウドの暗号化やセキュリティのコードを書いていました。セキュリティの観点からブロックチェーンの事も調べていたところ、2016年にイーサリアム上で稼働するNumeraireというサービスに出会った事がブロックチェーンに興味を持つようになったキッカケです。
Numeraireはアップロードされた機械学習データが暗号化されたまま投資ファンドに利用され、アップロードした人が配当を仮想通貨で受け取れる仕組みです。ヌメライの自動で分散されたファンドという、その斬新さに衝撃を受けたのです。その後、セキュリティの仕事を続けながらも徐々にブロックチェーンの仕事に比重が移っていきました。
インターネット上のコミュニティを加速させる「Ryodan」
–先日リリースされた「Ryodan」について教えてください
Ryodanは、Slackのようなウェブコミュニティと仮想通貨取引所を組み合わせたような会員制コミュニティサービスです。ユーザーは、ワンクリックでコミュニティを作成でき、そのコミュニティに入るための会員権をトークンとして発行できます。
これは、フォロワー数の多いTwitterアカウントが資産となるように、インターネット上のアカウントは、インターネット上のアクティビティの結果であり、自分の資産であるという考えに基づいています。
Ryodanでは、インターネット上のアクティビティをトークン化して流動性のある資産とする事で、インターネット上のコミュニティを加速させる方法を提案しています。
コミュニティに入るためのアカウントは売買する事もできますが、難解な問題を解けたらアカウントの権利を付与するといった設定もできます。現在、Ryodanは、ギーク的なエンジニアや、ボードゲーム愛好者などの間で使って頂いています。
最近ブロックチェーン業界で話題のトピック
‐最近ブロックチェーン業界で話題になっているトピックについて教えて下さい。
まず、TEEのブロックチェーンへの導入がホットトピックとして挙げられます。
TEE(Trusted Execution Environment)とはシステム内で、送受信の情報や実行する処理の信頼性を保証する仕組みで、クラッキングやマルウェアからシステムを守る技術としてIoT分野で注目を集めている技術
TEEは、IoT分野でデータや通信の信頼性を担保するために使われてきましたが、ブロックチェーン分野においても非常に有用だと考えています。ハードウェアレベルを用いた暗号化であるTEEを使えば、取引の信頼性を判断する事が出来るため、わざわざブロックチェーンを使わなくても良いという考えもありますが、ブロックチェーンとTEEは相反するものではなく、ブロックチェーン業界の人達の中でも注目を集めています。
ただ、TEEの導入方法に関しては議論を呼んでおり、大企業の提供するTEEをブロックチェーンに導入するのはネットワークの分散性を損なうという声もあり、ネットワーク内で複数のTEEを分散して導入するという動きもあります。
その他、注目しているブロックチェーン業界の動向としては、低レイヤー・暗号数理レイヤー一般ですね。
今までネットワークやコンセンサスの層でスケーリングやセキュリティを改良してきた暗号通貨の業界ですが、LNなどの一部を除いてかなり煮詰まっています。
これをTEEだけでなく物理的な層、いわゆる低レイヤーや、スクリプトレススクリプトのような署名の仕組み自体の応用で拡張しようという発想の転換が試されていて、かなり期待しています。技術的な方向性の転換と言えるでしょう。
ブロックチェーンの課題
-ブロックチェーンは仮想通貨以外のユースケースが中々出てこないといった声もあります。日置さんの考えるブロックチェーンの課題について教えて下さい。
まず、挙げられるのがプライバシーの問題です。インターネット上のあらゆるサービスを利用する上で、プライバシーの保護は非常に重要です。
これまでのブロックチェーンでは、透明性とプライバシーを両立する事は出来ませんでした。取引そのものを秘匿する技術はありましたが、取引前後でネットワークの台帳の増減を見れば間接的にユーザーの動向を補足する事が出来てしまいます。
そのため、プライバシー保護の懸念は、ブロックチェーンを広くスマートコントラクトへ導入する際の足かせとなっていました。
しかし、最近はプライバシーの問題を解決したプロジェクトも生まれており、来年メインネットのローンチ予定のエニグマというプロジェクトでは、パブリックブロックチェーンでありながらプライバシーを保護する事ができる仕組みが確立されています。
次に重要なのがハードフォークとガバナンスの問題です。2016年6月のイーサリアムのハードフォークや、2017年のビットコインのハードフォークのように、ブロックチェーンは暫しコミュニティが分裂してハードフォークが生じます。
中央集権的な管理者のいないブロックチェーン(パブリックブロックチェーン)は、大規模な仕様変更を伴うアップグレードをする際に、コミュニティ内で合意形成が取れなかった場合、二つのチェーンに分岐します。一方で、複数の管理主体を置くコンソーシアム型ブロックチェーンは、コミュニティの分散性を引き換えにチェーンが分岐しない事を保証します。
ハードフォークについて詳しく知りたい人は⇒ビットコインが分裂する理由とは?その必要性をやさしく解説
https://www.zerokarabitcoin.com/entry/bitcoin-division
どのブロックチェーンコミュニティでも多かれ少なかれコードをアップグレードする開発者に権力が集中するため、参加者全員がフラットなコミュニティというのは幻想です。
敵対的なものも含め、ハードフォークは結局通貨における権力が開発チームや開発資本に集中する瞬間でもあり、多く恣意性が入ります。
アプリケーションや取引所のユーザーもある程度リスクにさらされるため、なるべくない方がよいですが、開発の都合や利害関係からしばしば発生するでしょう。
一度真剣に考えたいのは、通貨やブロックチェーンは利害と直結するので、短期的視点としてハードフォークをするインセンティブがかなりある問題です。
長期的には9割方悪い方向に行くでしょうが、短期的には嫌な奴と別れられたり目立てたり、インサイダーの取引が出来たり値段が上がったりするため開発にとって魅力的です。そろそろ通貨をマージする技術が出てきたら嬉しいのですが。
そのため、証券などの情報を扱う場合は、パブリックブロックチェーンではなくハードフォークの起きないコンソーシアムブロックチェーンで管理するという流れが先行しています。
また、パブリックブロックチェーンでも、ブロックチェーンの管理と取引承認の役割を担うスーパーノードを導入したり、システムのアップグレードをプロトコルで行うオンチェーンガバナンスという仕組みを導入するという動きもあります。
これまで開発者たちの主義・主張の違いからコミュニティが分裂する事が起きてきた事を考えると、短期的な利益ではなく、長期的なビジョンの下にコミュニティが形成されているかという事もそのブロックチェーンの将来性を測る上で重要です。
-ブロックチェーンは合意形成を図るために様々なコンセンサスアルゴリズムが提案されていますが、それぞれの課題を教えて下さい。
【コンセンサスアルゴリズム】
中央集権的な管理者が不在のブロックチェーンネットワークにおいて、取引の正当性に関して合意形成を得る仕組み。仕事量に応じて信頼性を付与するPoW、賭金の量に応じて信頼性を付与するPoS、取引量に応じて信頼性を付与するPoIなどがある。
PoWは、ビットコインの場合、膨大な電力がネットワークを担保しているので、攻撃されてネットワークを乗っ取られる事は現実的ではなく、セキュリティ面での心配はしていません。
また、PoWによりネットワークを維持するためには膨大な電力が必要であるため、環境への影響を指摘される事がありますが、再生可能エネルギーによる発電量は、世界的に増えており、宇宙空間でマイニングするという試みもあるので、環境に負荷をかけずに余剰電力をセキュリティに変換する方法はいくらでもあります。
しかし、PoWの安全性は投入される電力に比例するため、新しく作ったPoWのブロックチェーンは容易に攻撃されてしまいます。今から新しくPoWでブロックチェーンを作ろうとするのはセキュリティの面から考えて現実的ではなく、後続して新しく出来たチェーンの安全性が確保できないという問題があります。
一方で、PoSは、ステークする(賭ける)トークンの量に応じて発言権が与えられる仕組みであるため、PoWのように、安全に運用するために膨大な電力を必要とするわけではありません。そのために、多くのブロックチェーンプロジェクトでPoSが採用される事となったのですが、PoSにも問題はあります。
PoSはステークする(賭ける)トークンの量が大きい程、信頼性が付与されるので、ネットワーク内で一度、経済的クラスが固定されると、富の再配分が難しいという課題があります。つまり、「富めるものがより富む」というシステムです。また、ロングレンジアタックなどのような未解決問題もあるので改善が必要です。
PoSの問題点を解決するために、提案されたアルゴリズムとしてNEMなどで採用されているPoIがあります。これは取引をすればするほど信頼性が上がるという仕組みで、PoSのように大量にトークンを持っている人が支配力を持つという事は起きないため、個人的には期待しています。ただPoIも計算方式の効率化の面などの課題は残っています。
ブロックチェーンは人々の生活を変える?今後の展望は?
-ブロックチェーンは、人々に広く使われるユーズケースがなかなか出てきませんが?今度どのような場面で使われる事が期待されますか?
ひとつ具体例を挙げるとすると、マーケットプレイスの統合です。
現在インターネット上の取引を行う際、人々は様々なサービスを使っているわけですが、決済の手段もバラバラで、各プラットフォーム間の連携も不十分です。
ブロックチェーンは、インターネット上の世界中のプラットフォームを繋げて、取引から決済のシステムまで一定の規格で統合をする事が期待されています。
-ブロックチェーン業界の今後の展望についてお聞かせ下さい。
ひと昔前のように、なんでもかんでもブロックチェーンと言えばお金が集めるというフェーズが終わり、業界内外でも冷静な見方が増えてきた事は良い事だと思います。
ブロックチェーン業界のひとつの大きなテーマとして、決済システムや電子署名などを公共インフラとしてインターネット上に移行するというものがあります。
その意味では、コンソーシアム型のブロックチェーンは着実に進展していて喜ばしい事です。一方で、パブリックブロックチェーンは、世界銀行がイーサリアム上で債権(bond-i)を発行するなど進展はみられていますが、まだまだこれからです。
今までブロックチェーンは、ケイマン諸島やパナマのようにオフショア金融の印象で語られる事が多かったですが、今後は、メインストリームで人々の生活に役立つものにしていかなければなりません。
その意味でも、クリプトのコミュニティが健全に発展していく事を願うと共に、今後もパブリックブロックチェーンでサービスを作り続けていきたいと考えています。